プロジェクトストーリー 02
生態系を守りつつダムを建設。
その実現を、調査・予測で支える。
- 環境評価・環境計画
- 自然環境の保全・再生・創造
- 国⼟保全
2022.09.02
PROJECT
MEMBER
大阪支社生態・保全部 H.I
1996年、環境庁(現・環境省)により「猛禽類保護の進め方」が発表されました。希少猛禽類が生息する地域で実施される公共事業では、十分な調査とその結果に基づいた保全対策が求められ、計画の変更や中断・中止に至る場合もありました。徳山ダムはわが国に必須の事業として計画された巨大公共事業であったため、希少猛禽類の保全をしつつ建設を進める方法を探り続けることになったのです。当時、大きな水域が出現するダム建設の工事が、絶滅危惧種にも判定されている猛禽類・クマタカの生息や繁殖にどの程度の影響を与えるかは未知数でした。現地調査をすると、クマタカの“つがい”が周辺地域において17か所で確認されました。事業を進めるにあたり、過去に知見も少なく、事業による改変の影響も未知数であるクマタカの保全を進めていくことが大きな課題となったのです。
クマタカが年間を通じて主要な活動をするエリアをコアエリアと呼びます。徳山ダムは、このコアエリアが水没などにより大きく改変されたにもかかわらず、今もクマタカが生息・繁殖を継続しているダムとして知られています。ダム完成後も希少猛禽類が生息できる環境を保全するために、まず私たちはクマタカのつがいごとの生息エリアを調査し、クマタカの行動圏の内部構造を解析しました。また、クマタカの営巣環境の分析やダム周辺で営巣できる環境がどれだけ潜在的に存在するかの解析、クマタカの獲物が生息する場所の解析なども行いました。他にも既存のダムや工事中のダムについてクマタカの生息状況を調べ、工事がもたらす生息や繁殖活動への影響について分析していきました。これら様々な視点で分析した結果を総合的に検討し、工事中およびダム完成後の生息・繁殖活動について予測・報告したのです。私たちが導きだした答えは「ダムの事業を進めても科学的根拠に基づく適切な保全措置を講じれば、すべてのつがいが生息・繁殖できる」というものでした。
なぜこのような大胆な予測ができたのかを説明します。クマタカのつがいのコアエリアには、ダム堤体や原石山、湛水区域、付替道路などが含まれており、改変と生態系の保全の両立は非常に困難なものかと思われました。しかしクマタカは森林生態系ピラミッドの頂点に君臨し、森に生息する様々な哺乳類、鳥類、爬虫類を捕食している鳥。そのため、ダム供用後の環境で獲物となる生物相が変化しても、その環境の中で生息する生物をクマタカは捕食し生息・繁殖できると調査データおよび解析から予測したのです。もちろんその際には、専門家の意見も踏まえながら検討しました。長期間にわたる検討と手続きの過程を経て2006年には試験的にダムへ水が貯められ、予測が正しかったかを検証する事後調査が始まりました。出てきた結果は予測通りとなり、すべてのクマタカのつがい、その生息・繁殖の継続が確認されたのです。
工事箇所の近くにクマタカの営巣場所がある場合には、その営巣木にCCDカメラを設置し、繁殖活動への影響の有無を随時確認しました。工事を進めながら、繁殖活動を継続させることが課題だったからです。そして、巣内映像や目視調査の結果を基に「工事の工程管理」や「工種の変更」など、アダプティブマネジメントを行い、工事によりクマタカの繁殖活動が中断する事態を防ぎました。事後調査で発見されたクマタカの巣について、幼鳥が巣立った後に巣内を調べると、水鳥であるオシドリの白い綿羽が堆積していました。これはダムという水域が出現したことでオシドリがその環境を利用するようになり、増加したオシドリをクマタカが繁殖期に捕獲し、雛を育て繁殖に成功したことを意味しています。クマタカが新たな環境に適応していることを証明してくれたのです。また、営巣場所の保全のため付替道路の約7割をトンネルに変更したことも大きなポイントでした。いくつかのつがいはトンネルのほぼ真上に新たな巣をつくって繁殖に成功しました。私たちが行った調査の結果を基に事業者の方々が実施してくださった環境保全措置が実を結んだ瞬間です。この時の嬉しさは今も色あせず覚えています。
私はこの事業に関わってきた中で、事業者による自然環境保全への真剣な理解と取り組みを目の当たりにしてきました。中でも「山林の公有地化事業」(徳山ダムの全上流域約254k㎡の山林を公有地化し、保全・管理していく取り組み。わが国初の事業)は希少猛禽類をはじめとする動植物の生息・生育環境の保全に現在も寄与しています。徳山ダム事業における調査手法や科学的データに基づく分析・予測・環境保全措置の記録は公表されており、適切な環境保全措置を講じつつ事業を効率的に進めるための参考になるものといえるでしょう。近年、豪雨災害が頻発していてダムの必要性が再認識されています。安全と持続可能な暮らしに資するダム事業と、生物多様性に富む生態系の保全、それらの両立を図るため、弊社が蓄積してきた情報や技術を活用し、最新の技術も取り入みながら、これからも環境の保全と継承を支えるコンサルタントとして尽力していきたいと思います。